大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成4年(あ)259号 決定

本籍

京都市北区上賀茂馬ノ目町二番地の四

住居

京都市右京区御室小松野町二九番地の一八

会社役員

播岡彰夫

昭和一六年九月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成四年二月七日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人加藤文也の上告趣旨のうち、憲法三九条違反をいう点は、原審において主張判断を経ていない事項に関する違憲の主張であり、その余は、事実誤認の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

平成四年(あ)第二五九号

上告趣意書

被告人 播岡彰夫

右の者に対する所得税法違反被告事件について、以下のとおり上告趣意書を提出する。

一九九二(平成四)年七月三〇日

弁護人 加藤文也

最高裁判所第三小法廷 御中

原判決は、憲法三九条の二重処罰禁止規定に違反するとともに、判決に影響を及ぼす重大な事実の誤認があり破棄されるべきである。

第一、憲法三九条違反について

一、原判決は、被告に対して所得税法二三八条に違反するものとして懲役二年及び罰金六五〇〇万円の言い渡しをしている。被告人は、右処罰とともに国税通則法六八条に基づき重加算税を課せられている。

国税通則法六八条の重加算税の構成要件は「納税者がその国税の課税標準又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき税務申告書を提出していたとき」となっており、所得税法二三八条の構成要件は「偽りその他不正行為により」となっており、その構成要件はいずれも意図的行為を対象としておりほぼ重なりあつている。

重加算税は、税法上、国税に付帯して納付しなければならない一定の金銭的負担の付帯税に属するとされている。付帯税は、延滞税、利子税および加算税に分けられる。延滞税は更正決定により納付すべき税額がある場合等に課せられ、その税額は法定の納付期限の翌日からその国税を完納するまでの期間の日数に応じ、その未納額に年一四・六%の割合を乗じて計算した額による(国税通則法六〇条二項本文)。現行法における過少申告の場合の重加算税は、更正決定された税額に対する年一四・六%の延滞税の外に、三〇%という高率で課せられている。この重加算税の機能は明らかに制裁的意義を有し、実質的には、ほ脱犯に対する犯罪抑止機能を果しているとともに、税率の高さからして財産刑としての機能も有していると言わなければならない。

租税政策上の付帯税の目的は、税務官庁が更正決定により適正な税額を決め、それに年一四・六%の高率の延滞税を課すことにより相当程度達していると解される。本事件において原判決が認定した昭和五五年のほ脱額は、一億五〇七九万一四〇〇円であり、その延滞税は一年で二二〇一万五九二四円にもなり、三年支払いが遅れると延滞税だけで六六〇四万七七七二円という極めて高額になることからもこのことは言えるのである。

二、憲法三九条は「何人も既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と規定している。右規定は二重処罰の禁止を定めたものと解されている。

刑事上の責任とされる刑罰は、人間の共同生活の秩序を乱し、個人や社会公共の利益に実害や脅威を与える好ましくない事態を防止するために、人間の知恵の集積として生み出されてきた制度、機構であって、具体的には、犯人からその生命、身体、自由、名誉、財産などの大切なもの、かけがえのないものを剥奪することを内容とした苦痛を加える厳しい制度である。そもそも刑罰は、人間が試行錯誤を積み重ねて生み出してきた歴史的制度であって、社会関係が複雑になるに従い、とりわけ行政機関が国家機構のなかで多様な役割を担うようになってからは、刑罰法規と行政措置との境界が極めて曖昧になってきていることに留意されなければならない。したがって、右憲法規定の犯罪、刑事上の責任であるか否かの判断は、その機能面に着目し、刑事上の責任とされるものが機能として有している制裁機能、犯罪抑止機能をもっているか否かにより判断されなければならないと解される。

また、刑罰や行政措置が、犯罪防止や行政目的の効果達成の面での合目的性が要求されると同時に、それ自体害悪性や私人の自由な活動の制約となることを備えていることを認識すれば、犯罪や行政上の不利益に対抗する手段として必要悪の限度にとどめるべきであり、かつその最大限は、応報的正義の見地及び行政目的達成の上から肯定できる限度と理解すべきである。とりわけ、刑罰や行政措置がいずれも強大な権力を有する国家機関が私人の自由な活動なり財産に規制を加える手段としてなされる場合は、その制約手段は必要最小限でなければならないと解される。それぞれの規制目的があるからといって一個の行為に対して二つ以上の規制を安易に行うことは憲法三九条の精神に反すると言わなければならない。

三、所得税法二三八条は「偽りその他の不正行為」があった場合に自由刑とともに財産刑たる罰金刑の併科を規定している。また、前述したとおり、「隠ぺい又は仮装により過少申告した」場合は刑罰と同様の機能を有している重加算税が課せられることになっており、構成要件的には一個の犯罪に対して二度処罰をうけることになっている。

右重加算税は、更正決定された額にかかる延滞税の外に課せられるものであり、明らかに財産刑としての実質を有しており、行政目的達成のための必要最小限度原則にも反することは明らかであり憲法三九条に違反すると言わなければならない。

なお、この点に関する判例としては、最高裁昭和三三年四月三〇日大法廷判決(民集一二巻六号九三八頁)があり、罰金と追徴税との併科について、追徴税は、「単に過少申告・納税義務違反があれば・・・・その違反の法人に対し課せられるものであり、行政上の措置である」として、憲法三九条に違反しないとした。しかしながら、右事案は、法人税の場合であり本件と事案を異にする。また、追徴税の課税要件と重加算税の課税要件は異なっており同一には論じられない。さらに、追徴税の租税法制のなかで果している機能についても分析も全くなされておらず、その論理をそのまま本件にあてはめることは出来ないと言わなければならない。

なお、右判決後も、罰金と重加算税との間に問題があることが指摘され、昭和三四年に設置された税制調査会の審議においてこのことが問題とされ、その第二次答申は「現行五〇%の税率は、高きに失して、かえって厳正な執行を困難にする面があるほか、実質的にみて刑罰的色彩があるとみられ、罰則との関係上、二重処罰の疑いをもつ向きもあるので、課税率を三〇%に引き下げるものとする」と述べている(ジュリスト二五一号三九頁参照)。右答申でも、刑罰的色彩があることが指摘され、二重処罰の疑いがあるとの意見もだされていたことは注目されなければならない。

右答申の趣旨は、昭和三七年に制定された現行の国税通則法で実現し、過少申告に関する重加算税は三〇%と改められ、現在に至っている。税率は五〇%から三〇%に引き下げられたが、なお極めて高率であり、刑罰的色彩が強いことは否定できないと言わなければならない。また、この程度の税率の下げでは刑罰的色彩を払抜することにつながらないことは明らかである。

四、それとともに、重加算税の性質については、租税法制のなかでの位置づけて考察されなければならず、その場合、延滞税も高率であることが考慮されなければならない。本件においては、延滞税と重加算税とを合わせると八〇〇〇万円を越える金額を支払う必要があり、右金額は更正決定された税額のほかに支払う必要があるのであるから、少なくとも重加算税の部分は、刑罰としての機能を有しており、財産刑の罰金刑と全く同様の機能を果しているといわざるをえない。

五、以上述べたことからすれば、本件について所得税法違反として罰金刑を課するとともに、国税通則法に基づき重加算税を課するのは、一つの犯罪について二度処罰することと同様になり、憲法三九条に違反すると言わざるをえない。

第二、判決に影響を及ぼす重大な事実誤認の存在

一、合意書面の一部無効

本事件において、起訴時点において検察官は棚卸資産について次のように主張していた。

昭和 五四年期末 一億六八三七万八〇二〇円

同 五五年期末 一億二五六四万四五二〇円

同 五六年期末 二億五〇三四万四五二〇円

同 五七年期末 三億八五八五万五五二〇円

右のように棚卸資産を評価した経過に関して、検察官は、「各年分の製品等の種類毎に製品単価を算定できる物証は全くなかった。嫌疑者及び従業員山本義雄、同藤田新は、この事実を認めたうえ、いずれも合理的な方法としては『各年の製造費用を帯と打掛の売上比率によってそれぞれの製造費用に配分し、これを製造数量で除して平均的な製造原価を算定する方法しかない』旨供述している。」と延べ、そこで上記嫌疑者等の供述する算定方法に従って算定した旨述べていた。被告人が一貫して右棚卸資産の額について争っていた。

ところで、所得税ほ脱犯の事実認定においては、「実在する所得額を合理的な疑いを容れる余地のない程度に立証する必要があることは、いうまでもないことである。従って、民事裁判におけるように、一応の蓋然性の程度を以て足り、かつ、近似計算の本質上、算出された金額が実額を上廻ることも許容されるような「推計」の方法によることが許されないのは当然である」(東京高裁昭和五五年一二月二四日判決 判例時報一〇〇六号一一七頁参照)とされている。したがって、検察官の右のような立証方法では到底実在する所得額を立証することができない状況であった。

そのような状況にあって、本事件においては、昭和六二年六月三〇日付けで検察官と第一審弁護人との間で合意書面が作成され、その合意書面で昭和五七年期末の棚卸商品のうち打掛、帯の品種、数量、製造原価及び昭和五四年、同五五年、同五六年の各期末棚卸商品の評価額算定方法について合意し、その合意を前提にして同年九月二日付けで、以下のように棚卸資産額が決まった(このような合意書面が作成されること自体極めてまれと言わなければならない)。

昭和 五四年期末 一億二六二四万八五四〇円

同 五五年期末 一億〇一三八万五九三六円

同 五六年期末 一億九五二三万三三三三円

同 五七年期末 二億七九二九万七〇九九円

検察官は、右合意を前提に、同年一〇月二一日付けで訴因の変更手続きをとっている。右訴因変更は、検察官と第一審弁護人との間で合意書面が作成されなければできなかったのである。

第一、第二審は、右合意書面を証拠として全面的に採用した上、右合意書面のとおりの事実認定をして被告人を有罪としている。

二、刑事訴訟法三二七条の合意書面の意味と効力

刑事訴訟法三二七条は、訴訟経済をはかる意図から、いわゆる合意書面の証拠能力について定めたものと解されている。これは、英米法の合意(stipulation)の制度にならうものだとされている。これは、あくまでも合意書面が証拠として用いられる場合なのであって、証明の対象について当事者の処分を許す趣旨でないことに注意すべきである。また、弁護人は、被告人の意思に反しない限度で合意しうるにすぎず、被告人が争っているのに弁護人の合意だけで本来の合意があったとされるわけでない(平場安治外「注解刑事訴訟法」中巻 七五四頁参照)。

本事件で作成された合意書面は、本来、訴追者たる検察官が厳格な立証により証明すべき「実在する所得額」につき合意された書面である。

右合意書面による昭和五五年の棚卸資産を前年度と対比すると、起訴時点ではマイナス四二七三万三五〇〇円となっていたのが、合意書面が作成された以後は、マイナス二四八六万二六〇四円となっており、そのことにより、ほ脱額も起訴時点では一億四〇七四万九一〇〇円とされていたのが、訴因変更後は一億五四一五万二三〇〇円となり、一三四〇万三二〇〇円も多くなっている。

右合意書面に基づいて更正決定がなされ、延滞税、重加算税も課せられており、被告人は経済的にも多大の不利益を受けている。

右合意内容は、証明の対象について検察官と第一審弁護人との間で処分を許す結果となっている。また、被告人は、棚卸資産の額について争い、とりわけ昭和五四年の棚卸資産の額については争っていた。また、昭和五四年当時、被告人の会社(当時は会社組織ではないが)は、打掛では白、無垢を扱っておらず、このことは昭和五六年から蒲重と取引を開始した事実からも窺われる。

以上からすれば、少なくとも昭和五四年、同五五年の棚卸資産についての合意は、証明の対象について検察官と第一審弁護人との処分を許す結果となており、また、被告人の意思にも反することが明らかであるから合意書面としても効力がないといわなければならない。

昭和五四年、同五五年の棚卸し資産について右合意書面の効力がないことになれば、昭和五五年の所得税ほ脱額について証明がないことになる。

このことは原判決の事実認定に重大な影響を及ぼすことは明らかであり、原判決は破棄を免れないと言わなければならない。

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